長崎紀行③

みなさん、こんにちは。
岡山の研修講師&ブライダル司会者 齋藤栄子です。

またまた長崎旅行の続き。
今回、長崎に行こうと思ったのは、「軍艦島」上陸が一番の目的でした。
世界遺産暫定リスト入りを果たし、天候の良いこの時期に訪れたかったのです。
「軍艦島」という名前の由来は、この外観。
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軍艦に似ていますよね。そこから名づけられたそうです。
軍艦島とは通称で、本来は「端島」と言います。そして人工で出来た島。
かつて海底炭鉱の島として栄え、東京都より多い人口がこの島に集まっていたんだとか。
こちらは、水中ケーブル跡です。
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軍艦島が、なぜ世界遺産暫定リスト入りしているかというと、
炭鉱が閉鎖になった状態のまま残されているから。
軍艦島には、許可を受けた船舶でしか上陸が許されておらず、
炭鉱閉鎖後、手つかず状態の為、危険地域が多数あることもその理由の1つなんだそうです。
手前に見えるのが、かつて炭鉱を運ぶ滑車のレールがあった跡。
奥側の集合住宅跡地は、幹部たちの居住地。
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一方、労働者たちのアパートはこちら。
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写真では分かりませんが、島の方角でいうと、波風がもっとも厳しい方位。
台風がやゆってくると、鉄筋のアパートをすべて覆うくらいの波が押し寄せていたようです。
当時は、石炭が最上位。しかし、居住地には、娯楽施設も多数あったようです。
これがプール跡地。もちろん海水を使っていたようです。a0259293_14351345.jpg

















2階建ての白い建物が隔離病棟。横の少し緑の塗料が残った建物が病院です。
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手前の白っぽく見える7階建ての建物が学校。
学校も鉄筋造り。屋上にグラウンドがあり、いまでも滑り台があるそうです。
ただしエレベーターはありません。
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軍艦島に上陸し、島内滞在時間は約50分。
島の手前まで到着しても、天候によっては上陸できず、引き返すこともあるようです。
年間で120日程度しか上陸できない中、目標を達成できラッキーでした。

その後、長崎港に帰る途中、三菱造船のクレーンが。
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長崎港に帰港後、昼食。お店の名前は「長崎港」。
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地げ丼。
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海鮮丼です。
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by eiei00 | 2012-05-11 14:21